自覚症状が全く無い!検査の結果腫瘍も見つかる!

亡き妻に勧められたアガリクスで

腫瘍マーカーの数値が

どんどん良くなった!

病名 C型肝炎

福岡県福岡市 福山 敏夫さん(仮名・65才)

● 全く自覚症状無し!C型肝炎に!

 

昭和五十八年の夏、国立病院で血液検査を受けたところ、あなたはC型肝炎ですと言われました。当時はC型肝炎など知られていませんでしたから、何のことやらわかりませんでした。先生も確か、つい最近この検査法ができたのだとかいわれていました。それまでは、型なし肝炎といわれ、検査方法もなかったそうです。 わたしの場合は、昭和三十七年に受けた甲状腺の手術の時の輸血で感染した可能性が高いといわれました。

とはいえ、自覚症状は全くなく、そのまま数年を過ごしました。そして、平成七年頃から血液検査の数値が上がり始めました。検査入院をし、退院後から毎月二回ずつ定期検診を受けるようになりました。その頃からの記録をずっと取っています。真夏と真冬にGPT、GOTが160前後に上がり、そのほかの季節には50前後で安定しています。身体に無理がくると、数値が上がるというわけです。この時期にも自覚症状はありませんでした。

 

●妻に勧められてアガリクスを

 

 平成十一年にはいって、妻が肺ガンであることがわかりました。妻はガンセンターでアガリクス茸のことを聞き、ぜひ飲んでみたいというので、さっそく探して妻に飲ませました。その妻から「あなたも飲んだらどうですか」といわれ、わたしも飲み始めたのです。残念なことに、妻の病気は急性で、何もしてやれないままあっという間に亡くなってしまいました。自分が引っ張ってでも病院に早く連れていって、そして、アガリクス茸を飲ませていればと今は悔やまれます。

 

●無理が重なり腫瘍ができていた!

 

 妻を亡くしてから、慣れない独り暮らしを続けるうちに、今度はわたしの方が体調をこわしてしまいました。病院の先生は、GPT、GOTよりもAFPという検査数値に注意されていましたが、平成十一年八月、AFPが27、9月には44に、

十一月には77と急激に増え始め、平成十二年の3月には400を越えてしまいました。手術をした方がよかろうかと先生が心配し始めました。そこで肝臓の検査を受けたところ、腫瘍が見つかったのです。いろいろ無理がたたったのだろうといわれました。

そして、平成十二年四月二十九日、腫瘍切除の手術を受けました。3週間の入院後は、また自炊生活です。病院では、同じような症状の方二人と同室になりました。お二人とも抗ガン剤治療を受けておられ、とてもきつそうでした。私一人、手術後2週間で比較的元気に退院できたのは、アガリクスを飲み続けていたおかげだろうと思います。

おかげさまで、AFPの値も40から22、そして8という具合に月を追って下がりました。

ところが、4カ月もたたないうちに、また数値がぐんぐん上がり始めたのです。8月には65、9月には114。再発したのかも知れない、もう一回手術してみようかと病院の先生がいったとき、わたしはアガリクス茸を買ったお店の薬剤師の方に相談し、今まで一日一包飲んでいたのを、一日三包飲んでみてはどうかと勧められました。

 

●腫瘍マーカーの数値がどんどん良くなる!

 

そして、そのとおりアガリクスを一日に三包ずつ飲み始めたところ、何と、翌月にはAFPが下がりだし、十一月には6に、十二月には4、そして、今年の一月には3にまで下がりました。目に見えてみるみる下がっていくのですから、驚きあきれました。下がった理由は、アガリクス以外には考えられません。病院の先生にはこのことは話していませんから、先生は「何故だろうか、前の検査がまちがっていたのかな」と首をひねっていました。

今まで毎月二回受けていた血液検査は、月一回になりました。外科の検査も四カ月毎になり、経過は良好です。今やっと一息ついたというところでしょうか。

 この二年近く、思えば大変なことの連続でした。病気に関しては、わたしは掛かり付けの病院の先生の紹介を受けて、二ヶ所でずっと診てもらいました。お互いに先生方が連絡を取りあって診て下さったので、とても心強かったです。それに何より、わたしはアガリクス茸に出あえたことが一番よかったと思っています。これも一つの縁ではない

かと思います。

今も独り暮らしですが、随分慣れてきました。気をつけていることは食事で、三食必ず自分で作って食事をとるようにしています。週に2回掃除に来てもらい、無理せず自炊生活ができるようになりました。去年次々に孫が生まれ、皆で六人になりました。盆や正月に一斉に押し掛けてきたら、これは大変だと、今から楽しみやら心配やらです。


出所: http://www.csf.ne.jp